○○しなければならない!

って、タイトルの話。

私もそうですが、日常の中で生きていると、「○○しなければならない!」って言われたり、自分でそう思ったりする事はありますよね。
会社で言えば、上司から「売上をあげばければいけない!」と言われ、学校や塾で言えば、先生から「成績をあげなければいけない!」って言われたり…。

でもですね。

考えて見ましょう。

何の為に仕事するんですか?
何の為に勉強するんですか?

私は過去、「何の為に勉強しているのか、何の為に働いているのかがさっぱりわからない人」でした。
学校だけでなく、塾なんかにも行っていましたが、それはそれはもう面白くなかったw
ただ、一応、行くだけは行って、授業を受けるにはうけていたので、そこそこの成績ではありましたが、宿題なんぞとんとやった記憶がございません。
…って言ったら、何だか「勉強しなくてもそこそこの成績だった私は頭いいんだゼ!」と自慢している様に聞こえるかもしれませんが、その通りです。

…冗談です。
半分本気ですが。

いや、おもいっきり話が逸れましたが、言いたい事は「生きてて面白くなかった」ってトコなんです。
その時代、中国で言えば、「ばーりんほー世代」にあたっていた私が学生だった当時、世間は、もう、それはそれは
「勉強していい大学入って、いい企業に就職する事が至上!!」
っていう価値観が蔓延していました。
当時の私の親も、すっかりそれにあてられて、私にとにかく勉強をすることを強いました。
その時の私は、それはそれは素直な子だったので(笑)、また、親を悲しませたくもなかったので、言われるがまま、学校、塾に通っておりました。

でも、本当に楽しくなかった。

たとえ、学校でいい成績を取っても、塾のテストでいい点を取っても、親は「もっと頑張りなさい」というだけで、ちっとも褒めてくれませんでした。
「な~にを甘ったれたことをw」

と思われる方も多数いらっしゃる事でしょう。
うん、全くそのとおりですねw
今の私もそう思います。

でも、当時の私はそうは思えませんでした。

さびしかったですし、頑張っても報われないので、そのうち勉強そのものが嫌いになっていきました。
学校は行ってましたが、だんだん授業を受けるのもバカらしくなっていって、その内、授業中に寝るのもアリ!になってしまい、成績はガシガシ落ちていきました。
その内、親は自分に期待をしなくなっていき、更に私はやる気を失う、という悪循環。

あぁ!かわいそうな(当時の)私!(笑)

でも、今振り返って思えば、そのつまらない学生時代でいやがおうにも頭に入ってきた知識は、今現在に於いてそれなりに役に立っていますし、その学習過程の結果として、今は幸せなんだから、まぁいいか、とも思います。
おそらく、当時の私が今の私を見たら、ちょっと自分はそういう価値観はもてないわwって絶対思ったことでしょう。
でも、人は変わっていきます。変われます。

もし、今の私が当時の私に会う事ができて、何か一言言ってよかったなら、こう言ってあげたい。

「今の学校の勉強、成績なんか本当に小さい事なんだから、何か失敗したとしても笑い飛ばして構わない事なのだ」


と。

もちろん、そんな事を当時言われたとしても、私はそれを理解することはできなかったでしょう。
「そんな事言ったって、親はいい成績を取れって言う!先生だってそう言う!友達だっていい成績を取る子だから褒められている」
きっとこういう反論をしたと思います。

それは仕方がない。

なにせ、当時の私にとっては、いい成績を取る事が至上だったからです。
そして、いい成績を取る事が、将来に於いて至上とされる、いい大学>いい企業=至上の幸せにつながる、という事をずっといわれていたから。
当時の私の社会とは、とてもとても狭いものだったのです。
家(親)、学校(先生)、塾(先生)、TVや新聞(社会の代弁者)、友達。
もうほんとこれくらい。
この中から得た情報で自分の自我を構築していっていたわけですから、そりゃ偏りますw
ましてや、当時はTVや新聞の全盛期。
結局、「TVや新聞が言う事が正しい」と思っている親や先生、友達、そして自分自身すらも、その社会(TVや新聞が知らせるもの)にあてられていたのです。
まぁ、一言で言えば、そういう時代だった、と言うしかないわけですね。

うん、やっぱり仕方ないw

誰のせいでもありません。
親が悪かったんでも、先生が悪かったんでも、友達が悪かったんでも、、、そしてこう言うと「なんで?!」って言われるかもしれないけど、TVも新聞も悪いわけではなかった。

信じられないかもしれないですが、それらも全部「自分が選んだ結果」なんです。

もちろん、当時の自分は、自分が何かを選んでいた、なんてちっとも思ってないでしょうし、それどころか、「親が全部決めたせい!」とすら思っていたでしょう。
でも、違うんです。
親に反抗しない事を選んでいたし、親に決めさせる事を選んでいたし、何より、自分が楽しくないと思っていたから、当時の私は楽しくなかったんですよね、これが。
今はわかりますけど、当時では絶対わからなかった。
いや、今ですら、この事実についてちょびっと半信半疑な自分がいるくらい。

でも、こういうものなんですよ。
この世界ってそういう風にできているんです。

自分が楽しいと思えば楽しい世界に。
自分が楽しくないと思えば、楽しくない世界に。
何か不吉な事が起こる、と思えばそれが起こる世界に。
そんな変な事は起きない、と思えば起きない世界に。

そういう風にできとるんだそうですよw

深呼吸をして、気を落ち着けて、自分がなりたい自分をイメージして、自分が生きたい生き方をイメージして。
そうありたい、そうあろう!と自然と心から思える様になったなら、既に世界はそう変わっています。

わかりにくい話だと思うんで、わかりやすく書きます。

暴れん坊将軍を見たとします。
最後に将軍吉宗(松平健)が勧善懲悪とばかりにバッサバッサと悪役を斬り倒す(悪役の役者の皆様本当にお疲れ様であります)。
それを見た時にスカっとしませんか?
スカッとせずに、悪代官側が現実だよね、と思ってしまうと、現実はそうなっていきます。
あと、そう思ってしまうという事は、心をちょっと病んでます。
素直にスカっとしたなら、自分はそうありたいと願っている、という事です。
たとえ悪が一時期蔓延ろうとも、そういう現実だろうとも、自分はスカッとする生き方をしたいと思っている、という事です。
そして、たとえ周囲がどう言おうが、どうあろうが、自分はそう生きたい!自分はそうする!と思えば、今まで悪代官的思考の世の中に振り回されていただけなのだと気付いていくと思います。

実際にはシンプルなもんですよ、えぇ。
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